
日本の道路網を支える約72万の橋。多くの橋は建設から50年を経過し、老朽化という課題に直面している。特に損傷が激しいのは、橋の上を通過する車などの荷重を直接受ける床版(しょうばん)と呼ばれる床の部分だ。 従来の点検方法では、橋の下に大規模な足場を設置し、橋に交通規制をかけるなど、多くの時間とコストが必要だった。この状況を改善するため、金沢大学の桝谷名誉教授、栗橋教授、大日本ダイヤコンサルタント株式会社の横山氏らが共同開発したのが、衝撃載荷試験機「SIVE(Self-propelled Impact Vibration Equipment)2号機」である。
桝谷名誉教授らは、競輪とオートレースの補助事業(※1)を活用し、衝撃工学の理論を橋を点検する現場で使える技術に仕上げた。
※1:公益財団法人JKAは、競輪とオートレースの売上金の一部で、機械振興及び公益事業振興の事業に対して「競輪とオートレースの補助事業」として様々な支援を行っている。

(中央の機械) 補助事業により製作した「SIVE2号機」
SIVEを開発するきっかけ、補助事業に応募した経緯を教えてください。
桝谷名誉教授:
特に高度経済成長期に造られた橋は、今まさに老朽化が進んでいる。橋の寿命を左右する床版の状態を詳しく調べるには、従来の点検方法では静的載荷試験を行うことが一般的であった。クレーン車やトラックを橋に乗せ、橋の下に足場を組みたわみを計測する大掛かりなものだ。準備を含めると試験期間は数ヶ月となり、費用も高額になるため、頻繁に点検することは難しかった。
このような課題があり、手軽に、短時間で床版を点検する方法を、国の戦略的イノベーション創造プログラム第1期の取組みで開発研究を進めた。
この取組みの開発研究により衝撃載荷試験機SIVE1号機を製作し、重りを落下させ、その衝撃を利用して、床版のたわみを計測する基本的な原理、装置構造を作り上げることができた。
しかし、SIVE1号機はあくまで原理を確認するための試作機であり、雨風のある屋外又は路面状況の悪い点検作業の現場で利用するためには、耐久性や操作性に多くの課題が残っていた。そこで、実用化を図るために補助事業の開発研究に応募した。これまでに確立した原理をベースに、現場の過酷な環境に耐えうる実用機へと進化させること。それが、補助事業に応募した理由である。
補助事業をうけて、具体的にどのような研究・開発を行ったのでしょうか。
桝谷名誉教授:
実験室レベルの技術を、実際の橋の点検業務に使用できるレベルに進化させることができた。
補助事業により開発したSIVE2号機の具体的な改良点は、衝撃機構、データ取得、機動性である。
試行錯誤の末に、衝撃機構では最適な非弾性ゴムを選定し、重りの落下による衝撃波形をコントロールすることに成功した。データ取得では、計測に信頼性の高い有線方式を採用し、現場ですぐに波形を確認できるインターフェースを整備した。さらに、装置を運搬するフォークリフトのタイヤを大型化するなど足回りを強化し、段差や悪路の多い現場でもスムーズに移動できる機動力を確保した。

また、補助事業では装置の開発だけでなく、実証実験のための環境構築にも資金を投じた。金沢大学の実験室内に専用の架台を製作し、そこに実際の道路橋と同じ鉄筋コンクリート製の床版を作成して設置した。さらに、コンクリートだけでなくアスファルト舗装まで敷設した供試体を用意し、実際の橋に近い条件を再現した。実際の現場では橋の上からしかデータを取れないが、この実証実験の環境であれば、橋の裏側からも詳細なデータを取得できる。「上からの衝撃で内部がどう動いているのか」を実験室内の実験で検証し、基本的な性能を確認した上で現場に持ち込めたことが、円滑な実用化に繋がった。

開発した製品SIVE2号機導入によるメリットを教えてください。
桝谷名誉教授:
SIVE2号機を導入する大きなメリットは、点検作業の効率化だ。従来の点検方法である静的載荷試験では、足場の設置や交通規制を含め、数箇所の計測に多大な時間と労力を要していた。一方、SIVE2号機は足場が不要で、機材もコンパクトなため、交通規制を最小限に抑えられる。条件にもよるが、従来の点検方法では数ヶ月を要した工程と同等の調査を、数日程度で完了させることも可能になった。
この効率化により、橋全体を正確に検査することが現実的になる。これまでは費用対効果の観点から、橋の特定部分だけを検査して橋全体の状態を推測することも多かった。SIVE2号機を導入することで、橋の気になる箇所を網羅的に調査できるため、「ここはまだ使える」、「ここは補修が必要だ」という判断を、実際に測定したデータに基づいて正確に行えるようになった。これは、限られた維持管理予算を適切に配分する上で大きな意味を持つ。
この技術が社会実装されることで、どのような経済的インパクトや社会的価値が生まれるのでしょうか。
桝谷名誉教授:
2026年2月時点、SIVE2号機は年間7~8橋のペースでコンスタントに点検している。大日本ダイヤコンサルタントと協業し、1橋あたりの調査費用は約300万円~400万円となる。
SIVE2号機を用いた調査は、従来の点検方法と異なり、調査箇所を限定せず網羅的にデータを取得できるため、橋梁全体の健全度をより正確に把握することが可能だ。こうした精度の高さが評価され、実際の補修設計業務においても継続的に採用されている。そして、この技術がもたらす大きなインパクトは、社会資本であるインフラ維持管理コストの最適化にある。現在、日本国内では高速道路の更新事業だけでも兆円規模のプロジェクトが進行している。しかし、老朽化したからといって、全ての橋を無条件に架け替える予算も時間もない。SIVE2号機により橋の健全度を精密に把握できれば、「壊れてから修繕する」「橋を一律で修繕する」といった従来の保全の判断から、「保全が必要な橋を判別し、早期に予防保全を行う」ことが可能になり、効率的にインフラを維持できると考えている。
補助事業の開発研究を通じて、先生方のキャリアや研究に対する考え方に変化はありましたか。
桝谷名誉教授:
大きな転機となった。以前は衝撃工学という専門分野で、主に「物が衝撃でどのように壊れるか」を解明する研究に取り組んでいた。しかし、この補助事業の開発研究を通じて、衝撃工学の知見を老朽化するインフラを守るための技術として応用する道が開けた。SIVE2号機が実際の現場で活用され、橋の維持管理の役に立っている様子を目の当たりにし、私の研究が社会課題の解決に直結しているという確かな手応えを感じている。
栗橋教授:
この成果を論文として発表し、後に金沢大学の教授へと昇進した。さらに、研究成果の実用を推進するために(株)イクイブリッジズを設立した。現在(2026年6月時点)、金沢大学発ベンチャー企業としての認定を申請しているところである。今後、本研究の研究成果の更なる社会実装も含む、日本の建造物の維持管理に貢献することを目指している。
横山氏:
大学との連携講座を担当し、学生の指導にあたるなど、企業とアカデミアの枠を超えた活動へと繋がっている。
桝谷名誉教授・栗橋教授・横山氏は補助事業について次のように振り返る。
「大学の研究予算や民間企業の投資判断だけでは、実用化の壁を越えることは極めて困難だった。研究室の年間予算では、数百万円規模の装置全体を作り上げることは難しく、民間企業にとっても海のものとも山のものともつかない新技術に、いきなり1,000万円近い投資をする判断は下せない。
補助金を活用することで、単なる試作機ではなく、過酷な現場環境に耐えうる製品レベルの装置を製作し、必要な計測機器を導入して、さらには実験室内に実際の橋を再現した検証環境も構築できた。この実証環境を整えられたことが、円滑な実用化の決め手の一つとなった。」
今後の展望についてお聞かせください。
桝谷名誉教授:
現在は、さらなる小型化を目指し、栗橋教授が中心となってSIVE3号機の開発を進めている。SIVE2号機を輸送するためにはフォークリフトを使用するためコストが課題であったが、SIVE3号機はより軽量で、一般的な車両に積載し輸送可能なサイズを目指している。
この開発にも、2023年度の補助事業を活用しており、継続的な支援が技術の進化を支えている。
また、世界に向けた技術展開も視野に入れている。インフラの老朽化は、どの国でも共通して直面する課題である。SIVE3号機の技術は、計測器やノウハウを現地に提供し、重りなどの機材を現地調達することで、世界中のどこでも高精度な点検を可能にするポテンシャルを秘めている。
桝谷名誉教授・栗橋教授・横山氏は社会貢献への展望について、次のように口を揃える。
「この技術を独占するのではなく、広く普及させたいと考えている。多くの技術者や企業に使ってもらうことで、インフラ維持管理の質が向上し、社会全体の安全に寄与することを願っている。」

(中央の機械) 補助事業により製作したSIVE3号機
最後に、補助事業の利用を考える研究者へのメッセージをお願いします。
桝谷名誉教授・栗橋教授・横山氏は次のメッセージを寄せた。
「補助事業の最大の特長は、モノづくりや社会実装に直結する研究を力強く後押ししてくれる点にある。試験装置のような『モノ』と研究をセットで支援してくれる補助金は貴重である。土木インフラのように、社会貢献に直結する研究をしている方はぜひ応募すべきだ。
また、研究者と共同研究をする企業にとってもメリットは大きい。企業は通常の業務では目前の利益や効率が優先されるが、補助事業の支援を受ける事業については、研究者と共同で純粋に技術的な目標に向かって、自由な発想で開発に打ち込める。」
補助事業番号:2021M-186
補助事業名:2021年度 橋梁維持管理の適正化 補助事業
補助事業番号:2023M-359
補助事業名:2023年度 橋梁維持管理のコスト縮減に関する研究開発 補助事業
