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次世代が研究と結婚・出産を天秤にかけなくて済むように
女性研究者の語る“夢”

女性研究者の語る夢 渡邉恵理子さん
「人の役に立つ研究をしたい」(渡邉さん)。背後に見えるのは「光顕微鏡」だ

理系の女性研究者が欧米に比べて少ない日本。中でも、電気通信大学の渡邉恵理子准教授は光技術を使った研究の第一線で活躍し続けている。プライベートでは一児の母である彼女の日常は──

「感謝の連鎖」を作りたい

研究室を訪ねると、研究棟の一角でじゃがいもパーティが開催されていた。じゃがいもを頰張る学生たちの輪の中心にいたのは、渡邉恵理子准教授だ。42歳の若き学者は、学生たちにすっかり溶けこんでいた

「感謝の連鎖」を作りたい
年に1度のじゃがいもパーティでは、学生たちとの会話もはずむ

意図して学生との距離は縮めていますね。研究は地味な作業の積み重ねなので、マンネリにならないように、常に学生の好奇心を刺激し、自由に言い合えるような雰囲気を作っています。先日も「おじいちゃん、おばあちゃんに感謝してるか?」なんて問いかけました(笑)。学生には、研究者としての成功を願うのはもちろんですが、それ以前に人として成熟してほしい。私たちの研究は過去の人たちの積み重ねがあったからできます。「先人に対する感謝の連鎖」も、研究室のテーマなんです。

私たちはホログラフィー技術を軸に光物理を使ったさまざまな研究をしています。クレジットカードやお札に、角度を変えると浮き上がって見える模様があるでしょう。あれがホログラフィーです。例えば、透明な液体が2つのコップに入っている時、どちらが水で、どちらが日本酒かは見ただけではわかりません。しかし、ホログラフィーの技術を使えば、2つの違いがわかるんです。

それを応用したのが、光技術で計測する顕微鏡。実用化されれば、再生医療の分野で役立つ可能性を持っています。以前は患者の細胞を移植用に培養する際、移植用と検査用の細胞を別々に採取していました。検査のために細胞を染色すると移植できなくなるからです。でも、私たちの計測技術を使えば染色する必要はありません。また、この光顕微鏡を小型化していって内視鏡に取りつけることにより、体内で細胞検査ができるようになるかもしれないのです。

この研究は一度、文部科学省の科学研究費の対象から外れてしまったのですが、幸いにも競輪の売上の一部を使ったJKAの補助を受けられました。生命に関わる研究がしたかったので、本当に良かったです。

顕微鏡以外には、ホログラフィーを応用して、超高速に動画等のさまざまなデータを検索する光コンピューターの研究も。この研究の副産物であるソフトウェアは、すでに企業が違法動画のチェックに使うなど実用化されています。光物理の研究には際限がありません。私が定年まで勤めても、あと20年あまり。どこまで光の持つ可能性に迫れるのかと焦るばかりです……。

恩師に誘われ、光に魅せられて

栃木県出身の渡邉さんは、応用化学の研究者である父の影響で、子どもの頃から理科が大好きだった。高校時代は物理を選択し、大学は迷わず理系の学科に進んだが、大学時代はハンググライダーに明け暮れたという

恩師に誘われ、光に魅せられて

大学3年生の時、ハンググライダーで右足を痛め、激しいスポーツを制限せざるをえなくなりました。このままではいけないと思いましたが、何をすればいいのかわからない。そんな時、恩師の小舘香椎子(こだてかしこ)先生に「研究室に来ないか」と声をかけていただきました。もし誘われていなかったら、どんな人生を送っていたのか……。考えたくもないですね。当時先生はホログラフィーを研究していました。私は3次元に像を映し出す技術に魅せられて、以来寝ても覚めても光のことばかり。ワーク・ライフ・バランスで言うなら、ライフがゼロでワークが100。それほど研究が楽しかった。

ただ、女性研究者がキャリアの構築と、結婚・出産などのライフイベントを同時にこなすのは難しい。私自身、研究成果を上げ、テニュア(終身雇用)が見えるまで結婚に踏み切れませんでした。同じ大学の教員である夫と結婚したのは36歳の時。3年前には娘を出産しました。

今は長時間の研究はできないし、長期の出張も控えています。それでも子育ての経験は、私を成長させてくれました。年中休みなしの“ブラック研究室”は、すっかりホワイトに(笑)。学生と余裕を持って接することができるのも、子どもと暮らしたからでしょう。また、休日に親子で出かけることに、これほど心躍らされるとは思いもよりませんでした。

私が今研究に打ち込めるのは、小舘先生が背中を押してくれたから。今後は、研究で成果を上げるのはもちろん、若い女性研究者たちが、研究とライフイベントを天秤にかけなくて済むように環境を整えるのも、私の仕事と考えています。

渡邉恵理子(わたなべ えりこ)
1977年栃木県生まれ。2005年、日本女子大学大学院 博士課程修了。06年、若手研究者の登竜門である科学技術振興機構さきがけ専任研究員に選出。10年、電気通信大学特任助教、15年より現職。16年、文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。

婦人公論2019年8月27日号(8月9日売り)からの転載
構成=吉井妙子 撮影=中央公論新社写真部